ベルグソン - アンリ・ベルクソン

ベルクソン ベルグソン

Add: uvetovyr41 - Date: 2020-12-03 04:01:07 - Views: 4001 - Clicks: 9995

ベルクソン論としては、ウラジミール・ジャンケレヴィッチ『アンリ・ベルクソン』(新評論)、ジル・ドゥルーズ『ベルクソンの哲学』(法政大学出版局)、市川浩『ベルクソン』(講談社学術文庫)、ジャック・シュヴァリエ『ベルクソンとの対話. 持続(じぞく、仏: durée )とは、一般に、長く保ち続けること、長く続いていることを意味する。 また、ベルクソン哲学の主要概念の一つであり、間断なき意識の流れを意味する。. フランスを代表する哲学者アンリ・ベルクソン(年)が残した主著の一つである『物質と記憶』(1896年)については、すでに7種もの日本語訳が作られてきた。そのすべてを凌駕するべく、第一級の研究者が満を持して新たに訳出した本書は、簡にして要を得た「訳者解説」と相俟って. See full list on note. See full list on hitopedia. とベルクソンは書いている。 どこまでも生というものに寄り添ったバランスの良い思考をする思想家だということが、本全体から感じられてとにかく感動的に好感をもった。すでに「動物としてのバランス」でも書いたとおりだ。 ようするに、知覚や記憶力といった人間の知性も、こうした生物としての生きるための機能なのだ。 そうした機能としての精神が生きる環境にある物質と二元論的に隔てられているはずもないし、そもそも知性や精神といったものが従来の哲学者やいまの人々もそう考えているような、人間的すぎるものではなく、人間以外の生物の知覚からそれほど分け隔てられたものてわはないことに気づく。 生きるための知性だし、それは物質世界と生の運動を通じて連続している。 ベルクソンの『物質と記憶』は、感動的な展開に満ち溢れた一冊だ。今年読んだなかではもちろん、ここ数年で読んだ本のなかでも文句なしにナンバー1に感動した本だ。生涯読んだもののなかでもベスト5に入る。 思わずおすすめしたくなるところだが、やめておこう。.

『時間と自由』(『意識に直接与えられたものについての試論』)、『物質と記憶』、『創造的進化』、『道徳と宗教の二源泉』はベルクソンの四大主著として知られています。 『物質と記憶』や『創造的進化』における哲学的主張について、自らが解説するのが『精神のエネルギー』『思考と動くもの』(『思考と動き』)です。ベルクソンの主著は難解ですが、この2冊はベルクソン入門書としてもわかりやすく書かれています。その他に、『笑い』という、おかしさによって引き起こされる笑いについての論文があります。 とくにおさえておきたい、第一、第二の主著と、ユニークな著書である『笑い』について概要を紹介します。. アンリ・ベルクソン 影響 ベルクソンの哲学は、当時の人々だけでなく、後の世代にも大きいを与えた。そのは、弟子のガブリエル・マルセル、ハイデッガー、ジャンケレヴィッチ、ウィリアム・ジェームズ、サルトル、バシュラール、. mixiアンリ・ベルクソン ベルクソンの時間論について はじめましてこんにちは。 自分はショーペンハウアーとヘーゲルの時間論を比較研究しているうちに、次第に、もしかしたら、ベルクソンの時間論にこそ、答えがあるのではないか、と思うようになった者です。. アンリ=ルイ・ベルクソン Henri-Louis Bergson; 生誕 1859年 10月18日 ベルグソン - アンリ・ベルクソン フランス帝国・パリ: 死没 1941年 1月4日(81歳没) フランス国・パリ: 時代: 19世紀の哲学 20世紀の哲学: 地域: 西洋哲学: 学派: 大陸哲学 フランス・スピリチュアリスム: 研究分野: 形而上学、認識論. ベルクソンの哲学は、当時の若い世代や学会まで広く受け入れられ、ベルクソンブームが巻き起こりました。夏目漱石や西田幾多郎、小林秀雄など、日本の文学者や哲学者、思想家も愛読し、影響を受けました。 ベルクソンの神秘性を秘めた哲学は、その四つの主著に語りつくされているといわれますが、研究者でさえもそれらは極めて難解だと述べており、小林秀雄のベルクソン論も未完に終わっています。 ベルクソン哲学への入門として、ベルクソンの講演録やエッセイなどをまとめた『精神のエネルギー』『思考と動き』がおすすめです。ベルクソンの思想のキーワードである「持続」や「生への飛躍」がわかりやすく語られています。. ベルグソン全集〈6〉道徳と宗教の二源泉作者:ベルグソンメディア: 単行本 新地社(1937) isbn:b00mxotz7k 岩波文庫(1953) isbn:b000jbbafo isbn:b000j8z378 isbn:中公 isbn:isbn:ちくま. ベルクソン,アンリ(Bergson,Henri)。19世紀末から20世紀前半のフランスを代表する哲学者。1927年、ノーベル文学賞受賞。日本では、夏目漱石、西田幾多郎、和辻哲郎、九鬼周造、小林秀雄らも愛読し、影響を受けた. 過去・現在・未来の融合体としての持続する時間は、意識の質的変容の遂行として持続する。意識の持続としての時間は、一瞬前の過去を巻き込むことによって、重層化していくわけであるが、しかし、過去と現在の量的拡大をもたらすのではなく、意識の質的変容、つまり、まったく新しい意識の自己創造という側面を持つ。われわれの意識の基底部においては同じ状態はありえない。 3.

ベルクソンは「フランス唯心論」の頂点をなす身体論を展開しました。フランスでは、19世紀には定着していた実証科学的な考え方が次第に唯物論と合流し、ベルクソンの時代には一元論的な世界観に流れてゆきました。そのような中でベルクソンは、実証的形而上学の哲学を展開し、広義の唯心論であるフランス唯心論の立場で唯物論と戦いました。 フランス唯心論は、フランス・スピリチュアリズムとも言い換えられ、ベルクソンは心霊研究や神秘主義的思想に基づいた研究も行っていました。ベルクソンは、心霊現象や超常現象の科学的研究を行うイギリス心霊現象研究協会の会長も務めており、心霊研究や夢に関する著作もあります。. 哲学でアンリ・ベルクソンの『時間と自由』と、『物質と記憶』について勉強しているのですが、内容が難しくて理解するのに苦しんでいます;誰か詳しい方がいましたら、分かりやすく教えてもらえないでしょうか。 ベルグソンの主著を2冊。それを字で解説?あいやー、無理あるよ. アンリ ベルクソン 、白水社 、年12月14日(発売年月日の記載となります、 刷等について気になる際には別途お問い合わせください) 、229 、単行本. 1859年 フランスのパリに生まれる。 1878年 高等師範学校に入学する。 1881年 教授資格国家試験に合格。 1889年 『時間と自由』発表 1900年 『笑い』発表 1907年 『創造的進化』発表 1911年 バーミンガム大学、オックスフォード大学で講義を行う。 1914年 アカデミー・フランセーズ会員に選出。 1914年 ローマの聖務聖省に禁書目録に加えられた。 1919年 論文集『精神のエネルギー』 1921年 コレージュ・ド・フランスの教授を辞任。 1922年 『持続と同時性』 1927年 ノーベル文学賞 1941年 パリにて死去. (アンリ・ベルクソン『創造的進化』P137) 生命はその起源から、唯一の同じ弾み(elan)が連続しているもので、この弾み(elan)は分岐する進化の複数の線に分かたれた。(『創造的進化』P80). 物質と記憶 (講談社学術文庫) 著者 アンリ・ベルクソン (著),杉山直樹 (訳).

痛快なのは、ここからベルクソンがデカルトやニュートンの犯した間違いを指摘していくところだ。 まずはデカルト。 なぜ、デカルトは運動が相対的だなどと考えてしまったのか。 幾何学的観点は何故運動をそう見るのか。 それは本来、不可分な運動を幾何学者はその軌跡である線分と間違えて同一視してしまうからである。 数学にとっては計測の対象であり、目盛のついた分割可能で計算可能な座標系を、動いているかに見えたとしても、それはやはり計測した後の軌跡がそうであるだけであって、運動そのものは分割不可能だ。 それを分割可能であると考えてしまうからアキレスは亀を追い越せなくなってしまう。 グリッド状の座標系に覆われた等質的空間を想定してしまい、その上を物質は運動すると考えたとき、それらはすべて相対化されてしまう。 数学者の過ちは、そうした等質的空間を前提に、運動そのものでなく、ただの運動の軌跡に過ぎないものをその座標の上で計算可能なものとして錯覚してしまったことにあるのだ。. では、もう一方の物理学者の過ちとは何だろう。 数学的な抽象空間から離れてなお、運動を空間的な移動と錯覚したままであれば、運動の絶対性を主張するとともに場所間の相違も絶対的なものとして見做さなくてはいけなくなる。 ニュートンやオイラーの犯した間違いはそこだ。しかし、どうすれば、そんな場所ごとの絶対的な差異が可能になるのか。 そう、先ほどの隠れた前提と同じところに戻るのだ。「どちらにしても、われわれは等質的で際限のない空間に戻らざるをえない」のだ、と。 異質な空間的差異という前景となる「図」を想定するためには、意識されない背景としての「地」である等質的空間が必要になるという、この上ない矛盾がここに生じる。 何故、数学者も、物理学者も同じように間違えてしまうのか? それはそもそも時間的な連続性をもつ不可分な運動というものを、分割可能な空間的なものとして誤解してしまったことから生じるのだ。. mixiアンリ・ベルクソン 漱石とベルグソン みなさま、こんにちは。 久々のトピックでございます。 現在、都内両国の江戸東京博物館で夏目漱石展が開催されており、見てまいりました。. ベルクソンはこう言います。 どんなに軽微なものでもよいから、欠点を一つ描いてみてほしい。 それがわたしの共感や懸念、あるいは憐れみのこころを動かすように示されたなら、もう終わりである。. さて、この引用中に出てくる「純粋知覚」。これこそ、冒頭で書いたような、事物の中に置かれた知覚である。 「われわれの身体をある知覚対象から隔てている距離とは、まさしく、ある危険の切迫度の大小や、ある期待が実現する時までの遠近を示す尺度なのである」とベルクソンは言う。 対象が十分に遠くにあれば、その対象のことを知覚したとしても、そこから危険も期待もさほど感じられないだろう。しかし、その対象が徐々に近づいてきて、その対象が身体に触れるくらいになり危険や期待を感じたりするようになれば、人は対象を知覚するのみならず、感覚で捉えるようになる。 きわめて生物的な捉え方で、生物が物理的な環境において生きていく上でとうぜん必要なものとして知覚や感覚をとらえている。 危険や期待を感じるような距離に対象があれば人の身体はそれに対して現実的な行為を反応として返すだろう。しかし、まだ危険や期待も感じない距離にあるとき、人はその対象に対して具体的な反応としての行為は行わないが、その対象を知覚することで「もし近づいてきたら危険/期待を感じる」ということを意識するだろう。それがいまだ現実化しない潜在的行為である。 ベルクソンは、対象が十分に近い距離にある「身体の現実的行為のほうは、身体自身に関わるもの」だから「身体内部に描かれる」とするが、反対に対象との距離がまだ離れている場合の「身体の潜在的行為は、身体以外の諸対象に関わる」から「対象の中のほうに描き示される」のだという。 ようするに、感覚は身体内部に描かれるが、知覚は対象の側の内部に描かれる。 つまり、「知覚は事物の中に置かれる」。. 日本大百科全書(ニッポニカ) - ベルクソン哲学の基本概念の用語解説 - 純粋持続(じゅんすいじぞく) durée intérieure ベルクソン哲学の中心観念。いっさいの言語・概念・記号を振り払って自己内界に深く深く沈潜するとき、そこに直覚的に感得される生動そのものとしての自我・人格の存在形式.

アンリ・ルイ・ベルクソン(Henri Louis Bergson)は、1859年10月18日(火曜日)に生まれ、1941年1月3日(金曜日)年に死去したフランスの哲学者です。父はユダヤ系ポーランド人で音楽家でした。母はイギリス人です。. 過去を巻き込み、未来へと侵入しつつ自己を新たなものへと不断に創造する意識の持続としての時間は、予想不可能という性格を有する。常に新たなものを創造するからである。 〝日常的な〟時間は時間性の対概念であり、空間性として特徴づけられる。空間性とは、相互外在的並置性、断続性、等質性、計測性、不可侵入性である。生活していくことは、外的世界に意識を向け、自己を外在化することである。外的世界とは、空間的世界であり、物質の世界である。物質は、ベルクソンのいうように空間的世界をすべて兼ね備えているのである。. 偉人アンリ・ベルクソンの名言集(英訳付)by心の常備薬 アンリ・ベルクソン:フランスの哲学者 フルネーム:アンリ=ルイ・ベルクソン Henri-Louis Bergson 分析的知性を批判して,内的な純粋持続としての体験的な時間を考. 鍵となるのは時間だ。 特に、一連の運動によってひとまとまりとなった分割できない連続的な時間である。 瞬間などない。 それをあるかのように見せるのは、記憶をもとにした意識の働きであるとベルクソンは指摘する。 「あらゆる運動は、休止から休止までの移行であるかぎり、絶対に不可分である」とするベルクソンは、運動、そして、それが行われる時間というものを、数学的思考、物理学的思考から解放しようとする。 人間は、運動というものを「自分の好きなように」「多とみなすことも、不可分とみなすこともできる」とした後、ベルクソンはその見方の違いが空間的な視点か時間的な視点かによるものだと指摘する。 だが、実際には選択の余地などない。 この後のベルクソンの指摘がまた気持ちよいくらいに納得感のあるものだ。 運動が分割可能かのような錯覚が生まれるのは、その運動の軌跡を線分として描くからである。しかい、軌跡と運動そのものは別物だ。 線分という空間的なものは分割可能としても、一連の動作として行われる運動そのものは「休止から休止までの移行であるかぎり、絶対に不可分である」ものなのだ。. 昔から、どうしても腑に落ちなかった。哲学が、物質と精神を執拗に分け隔ててしまうことが、だ。 ひどいもの(メイヤスーが「強い相関主義」と呼ぶもの)になると、カントの物自体への接近不可能性を超えて、認識できない存在(物自体)を考えること自体、不可能であるという話になってしまうが、まったく現実的な感覚に合わない。 だったら科学、とりわけ物理学が論じていることはなんなんだと素直に思う。 そのことを棚に上げて、物自体は認識不可能だという話を何百年も論じ続ける哲学はいったい?と思う。 「思考不可能なものが不可能であるということは、思考不可能である」なんてことがまかり通ったりするのが哲学の流れにはある。 だが、例えば、カンタン・メイヤスーは『有限性の後で』で、 と、思弁的実在論の立場で主張したりもして、そこから数学的な思考を用いて精神と物質の二元論を抜け出そうとする。こういう姿勢は納得感がある。 だが、そのメイヤスーより100年以上前の19世紀のフランスの思想家アンリ・ベルクソンは、人間をほかの生物の延長としてとらえることで、より現実的な思考をもって、二元論を超える納得感のある考え方を示してくれる。 どう二元論を超えるかは、あとで書くとして、まずはベルクソンが物自体と物の知覚について「程度の差異」だとする次のような見方がまず納得感がある。 「物質は何らかの謎めいた力などもっていない」し、「われわれが現にそこに見て取っているのとは別の種類の力を及ぼしたりはしない」。 そうであるから科学は成り立つし、僕らは思ったとおりにこの世界で行動できるのだと思う。 そんな当たり前のことをはじめて哲学的に言ったのがベルクソンではないかと思う。. かくして、問題の本質が明らかにされる。 何故、哲学的な二元論が後を絶たず、それと矛盾するかのような数学的思考や物理学的思考とも共存可能なのか、ということが。 一見相反する見解を述べているかのように思える哲学と、数学&物理学が結局は同じ錯覚から事を見ることをスタートしてしまっていることが問題なのだ。 それは運動という時間的な生の営み、事物の存在の仕方を、空間的なものとして計算的、言語化しやすいように捉えてしまったことに由来する。 運動を空間の上の移動の問題としてでなく、時間を隔てた二者間、複数者間の時間的な変化の問題として捉えなおせば、それはそもそも性質と運動そのものを分け隔てるようなものではなくなる。 運動とは時間における性質という状態変異であるなら、それは同じことを別の見方で見ているだけに過ぎなくなるからだ。 ここに至れば二元論は存在しなくなる。 生き物である限り、時間的な状態変化として自分たちも対象も捉えたほうが本来自然だし、自分自身も含めた世の中のものごとを分割して扱うことなく連続的な環境においていっしょくたに存在するものとして考えられると良い。 同じように、主観と客観の関係も対立事項ではなくなり、同じものの異なる側面からの見方であることがわかる。 これって単に哲学的な二元論をどう克服するか?という話に本来止まらない話だ。 空間ではなく、時間的に捉えることで物事をあらゆるもの同士がつながった状態で時とともに変化する、より共生的な視点をもって考えられるようになると思うからだ。 いわゆる持続可能性などを考える上では、これほど有効な考え方のシフトはないかと思った。. アンリ=ルイ・ベルクソン(Henri-Louis Bergson 、1859年10月18日 – 1941年1月4日)は、フランスの哲学者。出身はパリ。日本語では「ベル グソン」と表記されることも多いが、近年では原語に近い「ベルクソン 」の表記が主流となっている。.

アンリ・ベルクソンの解説。1859~1941フランスの哲学者。近代の自然科学的・機械的思考方法を克服、内的認識・哲学的直観の優位を説き、生命の流動性を重視する生の哲学を主張。1928年ノーベル文学賞受賞。著「創造的進化」「道徳と宗教の二源泉」。 - goo人名事典は15万件以上の人物. ベルクソンは、時間と空間の二元論を提示した。我々の意識の本質は不断の流れであり、純粋な時間性である。ベルクソンにとっての時間の定義は次のようなものである。 1. アンリ・ベルクソンが主著のひとつ『物質と記憶』において用いた概念。 (ウィキペディア) 「image」は「心像」とか「印象」とか「観念」などと訳される場合もあるだろうが、ベルクソンの問おうとしているそれは「心」の内部だとか外部だとかなどと. アンリ・ベルクソン アンリ・ベルクソンの概要 ナビゲーションに移動検索に移動この記事は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。出典を追加して記事の信頼性向上にご協力ください。(年5月)アンリ=ルイ・ベルクソンHenri. ベルグソン全集〈4〉創造的進化作者:ベルグソンメディア: 単行本 早稲田大学出版部() isbn:b0092of1t0 三笠書房(1943)isbn:b01lthoaxa 岩波文庫(1954) isbn:b000jb754yisbn:b000jamo6o isbn:ちくま学芸文庫(. アンリ・ベルクソン(1859年~1941年)は、フランスの哲学者です。「生の哲学」の代表者とされ、20世紀から台頭する実存主義の先駆けともなりました。 「生の哲学」とは、19世紀後半から20世紀初めにかけてヨーロッパで展開された哲学の潮流で、合理主義や科学的思考を批判して、生の非合理的で根源的な姿を捉えようとする立場のことをいいます。ニーチェやショーペンハウアーから始まり、ベルクソンが代表とされます。 また、ベルクソンは、明快で美しい文章を書くことでも評価が高く、1927年にはノーベル文学賞を受賞するなど、文学者としても業績を残しています。.

時間と自由 - アンリ・ベルクソン - 本の購入は楽天ブックスで。全品送料無料!購入毎に「楽天ポイント」が貯まってお得!. もちろん、対象が危険か期待できるかを判断するためには、知覚のみならず過去の記憶が必要だ。 その対象が逃げるべきものか、獲得すべき対象かを判断し、身体の運動を生じさせるのは、知覚と記憶の共同作業によるものだとベルクソンは考える。 仮に、この記憶の影響を受けない知覚があったとする。 それをベルクソンは「純粋知覚」という。 知覚が「事物の中に」あるように、純粋知覚も当然、物質の側にある。その事物の側にある知覚と、われわれの精神あるいは意識とをつなぐのは、以下にあるような対象に対する行為である。その行為がすでに現実的であるか、潜勢的であるかに関わらず。 ベルクソンが「イマージュ」の名で呼ぶ概念が、結局は運動の作用反作用を通じて、対象と人をつなぐ。 物と精神はちゃんと交わっている世界だ。いわゆる心身問題をとく鍵もここにあるとベルクソンはみる。 それをつなぐ鍵となるのは、運動なのだ。 観念――運動としての現在。 これ自体、知覚と記憶の共同作業そのものだろう。 現在における運動、世界において自分と物質のあいだで意味のある行為を行う活動。それ自体が精神と物質の元来のつながった状態であった。そもそも心身は別物ではないのだ。 それを無理やり引き剥がした何らかの思考ツールが精神と物質の二元論を生み出し、そちらの方が元々の姿であるかのように人間を錯覚させたのだということをベルクソンは明らかにしてくれる。 心身は別物ではないという「目から鱗」な指摘からベルクソンは心身問題を解決する。. ベルクソンが目指した哲学 まずはベルクソンという哲学者と、彼の哲学のテーマを紹介します。 哲学者ベルクソンとは アンリ=ルイ・ベルクソン()はフランスの哲学者です。19世紀末から20世紀前半にかけて活躍し、世界的にその名が知られました。.

大学入学共通テストの倫理科目のために哲学者などを一人ずつ簡単にまとめています。アンリ・ベルクソン(1859~1941)。キーワード:「純粋持続」「生の躍動(エラン・ヴィタール)」「愛の躍動」「開かれた魂」「開いた社会」「ホモ・ファーベル」主著『物質と記憶』『創造的進化. アンリ・ベルクソンとは? アンリ=ルイ・ベルクソン(Henri-Louis Bergson、1859年10月18日 – 1941年1月4日) フランスの哲学者。パリ出身。 『時間と自由』や『物質と記憶』などが有名。 『時間と自由』や『物質と記憶』などが有名。 『時間と自由』. デジタル大辞泉 - ベルクソンの用語解説 - 1859~1941フランスの哲学者。近代の自然科学的・機械的思考方法を克服、内的認識・哲学的直観の優位を説き、生命の流動性を重視する生の哲学を主張。1928年ノーベル文学賞受賞。著「創造的進化」「道徳と宗教の二源泉」。. See full list on biz.

本来の時間は、過去・現在・未来という時間の三契機は、それぞれ独立したものではなく、我々の意識が常にそうである現在は、過去と未来を自らのうちに巻き込む重層的な時間である。 2. アンリ・ベルクソン 著 ; 竹内信夫 訳、白水社、平22、229, 17p、20cm 初版 カバー 帯 月報欠 新訳ベルクソン全集1 意識に直接与えられているものについての試論 新訳ベルクソン全集1 意識に直接与えられているものについての試論 アンリ・ベルクソン 、 竹内信夫 | /10/30 5つ星のうち4. アンリ=ルイ・ベルクソン(Henri-Louis Bergson bɛʁksɔn発音例、1859年 10月18日 - 1941年 1月4日)は、フランスの哲学者。出身はパリ。日本語では「ベルグソン」と表記されることも多いが、近年では原語に近い「ベルクソン」の表記が主流となっている。. 1859年、イギリス人の母と、ポーランド人の父の下、フランスのパリで生まれた。コンドルセ高等中学校に通い、西洋古典学から自然科学まで様々な学問を学び、優秀な成績を治め、19歳で高等師範学校へ入学した。1881年に教授資格国家試験に合格した。アンジェー高等中学校とクレルモン・フェラン大学で哲学を教えたが、やがてパリに戻り、いくつかの高等中学校で教えた後、高等師範学校に着任した。 1900年にはコレージュ・ド・フランスの教授職に任命される。1900年『笑い』、1907年『創造的進化』を出版し名声を得た。1914年、ローマ・カトリック協会によってベルクソンの反主知主義が反感をかい、ローマの聖務聖省に禁書目録に加えられた。1921年、健康上の理由でコレージュ・ド・フランスの教授を辞任し、1927年ノーベル文学賞を受賞する。第二次世界大戦の中で、占領下のパリで暮らしていたベルクソンはユダヤ人として登録を求められた。冬の寒い中での行列の中で、肺炎を患い、1941年1月4日に死去した。.

ベルグソン - アンリ・ベルクソン

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